サロゲートパートナー

夫婦問題や性についての悩みをサロゲートパートナー(代理恋人)が解決いたします。

2015年10月

閲覧注意といっても、怖い話や不快になるような話を書こうというわけではなく、このブログを読まれたときに、注意してほしいことがありますので、今回はそれについて書きます。

予約して、実際に会うまでにブログを読んでくださる方もいらっしゃるのですが、読まれた方のほとんど(たぶん100人中97人ぐらい)は、自分の描いているイメージと実際の僕の容姿とのギャップに驚かれます。

どういう訳か、わかりませんが、ブログから受ける印象は、スマートで、ハンサムで、シュッとしているみたいです。

でも、真逆とまでは言いたくないですが、実際の僕は、かなりそのイメージからは遠い存在だと自負しています。

30年ぐらい前なら、まだギャップもそれほど無かったかもしれません。

と、少しだけ抵抗してみますが、正直なところ自分で鏡を見たときに残念なため息が出ることがあります。

そういうことなので、もしこのブログを読んで、これから初めて予約しようと思われるかたは、是非その辺のところを考慮して、待ち合わせ場所にお越しください。

それがお互いの幸せにつながると思いますので。

フェルミ推定というのは、調査するのが困難なものの数量を、いくつかの手がかりを元に推論し、概算値を割り出すことをいいます。

今回は、2016年の1年間に、はじめて性感マッサージを利用する主婦の数を推定したいと思います。

ただ、計算するための数値のなかに、僕の個人的な統計データを入れていますので、厳密にいうとフェルミ推定とは言えませんので、ご了承ください。

考え方としては、以下の数値が判れば計算できます。

1.日本全国の性感マッサージ師の数

2.性感マッサージ師一人当たりの平均年間新規客数

3.新規客内の主婦の割合(だぶることも計算)

4.成長率

順番に説明します。

1.日本全国の性感マッサージ師の数

これは単純にその地域の人口に比例します。

僕の皮膚感覚ですが、大阪には20人程度いると思いますので、800万人中の20人ということで、日本全国の人口1億2000万人から推定すると、300人となります。

2.性感マッサージ師一人当たりの平均年間新規客数

僕は、年間約100人の新規客があります。たぶん平均以上だと思うので、性感マッサージ師一人当たりの平均だと、年間30人程度ではないでしょうか。

3.新規客内の主婦の割合(だぶることも計算)

性感日誌という別ブログで、主婦、独身、離婚後単身といったカテゴリに分類させていただいているのですが、その割合からすると主婦は54%です。

2回目、3回目に別の性感マッサージ師に依頼するというダブりを計算して、50%とします。

4.成長率

毎年、利用されている人数も性感マッサージ師も増加傾向にありますので、成長率を110%とします。

以上の4点から、計算します。

300(性感マッサージ師数)×30(一人当たりの新規客数)×0.5(主婦の割合)×1.1(成長率)=4950(人)

来年は、日本全国で約5000人の主婦のかたが、性感マッサージを初めて利用することになるでしょう。

多いのか、少ないのか、なんとも言えない微妙な数となりました~。

僕は運転免許以外の資格をふたつ持っているのですが、どちらも試験に合格するまで5年かかっています。

ふたつで10年です。

ひとつは仕事をする上で絶対に必要なものだったので、諦めずに受験し続けたのですが、もうひとつは半分意地になって、続けていたような感じです。

もちろん性感マッサージ師には、まったく必要ない資格です。

後悔どころか自分にとっては、無駄な資格に費やした時間はとても大切で必要だったと思っているのですが、もっと諦めることが早ければ別の生き方を選択してたのかも知れないとも思います。

テレビのドキュメンタリーで、教員採用試験を受験し続けている社会人の女性へのインタビューシーンがありました。

ファミリーレストランで7回目の挑戦のために勉強しているときにインタビューされていたのですが、恩師の諦めるなという言葉を信じて受け続けているそうです。

たぶん彼女は、いつか合格して夢を叶えることでしょう。

彼女の人生においては、まったく正しい生き方といえると思うのですが、別の道を選択するという自由もあるはずです。

逃げない、諦めない、出来るまでやり続けることは、成功するための条件のように言われていますが、ひとつの条件を満たしている場合に限られると思います。

それは、それを継続している状況が楽しい場合だけです。

いじめに遭っている状況を改善するために相手と向き合って、闘うということも悪くは無いですが、そこから逃げるという選択肢も同じぐらい悪くないはずです。

結婚生活においても同じです。

楽しいことも嫌なこともあり、一喜一憂しながら毎日を過ごしているなかで、総合的に見れば「楽しい」が勝っているということなら続けていけばいいでしょうけれど、あきらかにそうでないときは、無理に結婚生活を続ける必要などありません。

選択の自由は、いつでも目の前に転がっているのです。

頑張ることを止めたときに、思いもよらない新しい人生がスタートするかも知れません。

頑張ることを止めるのは、頑張る以上に勇気が必要です。

しかし、逃げるのではなく、頑張っている時間を本当に自分がやりたいと思える時間に回すんだと発想を転換してみれば、意外に簡単に止めることが出来るかも知れません。

つらい人生も楽しい人生もすべて自分の選択次第です。

一度立ち止まって、楽しい未来を想像してみてはいかがですか。

施術をさせていただいた方との会話の中で、面白い表現がありました。

彼女は、結婚をされているのですが、セックスレスです。

仲のいい友人との会話の中で、夫のことを生理的に拒否するぐらいに思っていても、なかば無理やりセックスを強要されることがあるというのをその友人から聞かされたそうです。

その話を聞いたときに、セックスレスよりもそっちの方が苦しいですねと感想を言ったところ、彼女も同じ考えのようで、まずいものを無理やり食べさせられているのと同じようなものと表現されました。

逆にセックスレスは、おいしいものが手が届くところにあっても、食べれない状況なのかも知れません。

一度、夫婦間でセックスレスになってしまってから、また復活する確率は、僕の経験からいうと、奇跡といえる数値になるような気がします。

おいしいものに手が届くかも知れないとあがくよりも、普段の食事で満足するか、外食でおいしいものを食べることが、現実的かも知れません。

おいしいものなどが無くても、互いに尊敬しあえる関係であれば、それは十分に夫婦として成立しているはずです。

まずいものを強制的に食わされている状況は、拒否して改善してもらうか、そこから逃げることをお勧めします。

法律や条令をはじめ、どんな業界でもどんどんルールが増えています。

僕が子供の頃と比べると、とてもがんじがらめな世の中になっているような気がします。

世の中を悪くする為にルールを作ろうと思っている人などいないはずですが、ひとつのルールのために、たくさんの見えない何かを失っていると思っているのは、僕だけではないはずです。

またルールとは少し違いますが、携帯電話の普及により、電話番号を覚えることが無くなりました。

携帯電話を無くそうものなら、とてつもなく大変なことになります。

機械やルールに依存すればするほど、責任感というものがなくなります。

何も無かった原始時代のような生活を送ろう! などというつもりはありませんが、もう少し心や頭を使う社会になって欲しいなと思います。

人とのつながりが希薄になっているのも、そういった理由からでしょう。

男女の関係も職場や地域などの人間関係も、良好にするための決め事があるほうが、関係性が薄れるような気がします。

何が起きても、すべて自分の責任だとすべての人が思えば、ルールなどは必要でなくなると思うのですが、あなたはどう思いますか。

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