サロゲートパートナー

夫婦問題や性についての悩みをサロゲートパートナー(代理恋人)が解決いたします。

2013年04月


ある整体師さんの仕術(施術ではありません)をまとめたDVDが発売されています。

彼の行う仕術は長くても20分程度でだいたい3分から5分ぐらいで終わるそうです。

その整体理論を簡単に説明すると人間は本来健康になろうとするように出来ているのですが、骨や筋肉が歪んだりすることで血流が悪くなりこりや痛み、その他様々な病気を引き起こしている。

それらを改善するためには、血流を良くしてあげることで改善するという考え方です。

僕ももともと病気は心を正常にするためのシグナルであるという考えを持っていて、彼に言わせると痛みは体が直そうとしている信号だということだそうです。

こりのある箇所を揉み解しても全体の血の流れが正常になっていなければまた同じ症状になってしまいます。

病気も同じで、胃潰瘍などになる人などは神経質なところを直すか環境を変えるかしない限り同じ病気になり、進行すればがんにも発展するかもしれません。

血の流れを良くすると体を温めることとなり、筋肉が緩むことで本来あるべき位置に修正されます。

彼の仕術のベースはもともと戦場で傷ついた兵士を回復させるために編み出された訃幻流龍法というなんとも怪しげな中国の武術整体のひとつだそうです。(武術整体というのも今日初めて知りました。)

それを改良して完成させたのが、らせんそう流整法と呼ばれるものです。

らせんそうのらせんは螺旋のことで、螺旋の動きを基本とします。「そう」は創・送・操のことで、血の流れを創り、血を送り、血を操るそうです。

訃幻流龍法の説明では龍虎を引用していました。虎は現実の生き物で止めることを指し、龍は架空の生き物で流すことを指し、その二つが一体となって人間があるということだそうです。

龍は流につながり血液や気を流すことを重視しているのだと思います。

僕の施術の場合は、独学ですがツボの本などから血の流れがよくなる箇所をマッサージの際に刺激し、その後の性感マッサージにつなげようと考えてやっているのですが、ツボを押すよりもらせんそう流の方が効果が高そうに思いました。

心を開いてもらうことが重要だと考えて実際の施術テクニックについては、それほど研究してこなかったですが、この仕術方法を偶然見たということも僕にとってはなにかのシグナルであって、手技をもっと磨くようにという啓示なのかも知れません。

また新しい楽しみが増えました。

すごい仕術を提供されている整体師さんはこのヤフーでもブログを書かれているようですが、アメブロにもありましたので、とりあえず読者登録させていただきました。

興味のあるかたは覗いてみてください。

小学生の頃に家庭科だったと思うんですが、なんかの調査で1日にテレビを観る時間を報告することがありました。

僕にとっては忘れもしない1日となったのですが、皆の平均時間が2・3時間に比べて僕はたぶん8時間ぐらいだと報告しました。なんてテレビが好きなんだろうって。

校長先生になろう!と思って最初に購入した藤原和博さんという民間出身の中学校校長のポリシーとしては、テレビは1日1時間にしてくださいと親に徹底しているそうですから、僕なんかはどうすればいいんだろうって感じです。

その僕が一身上の都合により現在はテレビのない生活を半年以上も続けています。

なければないでなんとでもなるな~っていうのが正直なところなんですが、テレビが子供の成長にとって害になると決め付ける考え方にはどうも納得がいかないな~とも思います。

前置きがすごく長くなりましたが、ヤフーのニュースに進学塾の講師が書いた本が売り出されたというのを見て、その著者である林修さんについてyoutubeなどで拝見しました。今更だと思われるでしょうけれど、テレビのない生活はある意味浦島太郎のおじいさん的な体験も出来ます。

中居正広さんの金スマの映像しか見てないのですが、彼の言葉のなかに人生の目標を見つけるのは努力して積み上げていくということではなくて、多くの選択肢の中から削っていくことだと言った内容がありました。

東大を卒業したにもかかわらずギャンブルにのめり込み1000万円以上の借金を抱える生活を送った人が発信しているからこそ、胸に響くのかも知れません。

僕の場合は多くの選択肢をそぎ落として今があるという訳ではないのですが、自分自身まったく予想もしなかったところに残っていたものが、自分のやるべきものだったんだと発見できました。

子供を育てていくときに親の役目はなにかと考えてみるとライオンが子供を崖から落とすではないですが、ある程度の危機感を与えることではないかと思います。

結局は自分で解決するしかないんだよということを早い時期に気づかせることなのかと。

僕は母親だけで育ったとはいえ、親がいないということ以外はなにも不自由さを感じることがない生活を送らせてもらいました。大学を出てからも波乱万丈の人生を送ってきたとはいえ、いつも親のサポートがあったのです。

それがいいのか悪いのかと言えばよかったといえるのですが、もっと早い時期にサポートが無くなっていればまた違う人生を送っていたことでしょう。

オルタナティブ教育などでは、子供の可能性を出来るだけ邪魔することがないような教育方針を立てている学校が多いと思います。

いろんなことに興味を持ってその中から自分に一番合うことを追求することが、その子供にとって一番いい方法とされているようです。

僕はいつも生まれたときが一番完全な状態であってそれに近づきたいと思いながら邪魔なものをそぎ落とそうとしています。それは既存の教育制度や親のしつけ、仕事の環境などによって刷り込まれてきたことであるのかもしれませんし、自分が楽しいと思って見てきたテレビや漫画、小説などから吸収したものであるのかも知れません。

「いつやるか?今でしょう」という言葉は今年の流行語大賞にも選ばれるような勢いだそうですが、そんなに気合を入れる必要はないと思っています。

やろうと思ってやってもあまりうまくいかなくて、たぶん必要に迫られたときや楽しくて楽しくてしかたのないことが目の前に現れて無意識にやり始めたことが、結果として残るような気がします。

林先生の言葉に影響を受けて自分の道を進んで行って手ごたえを掴む人もいると思います。それはそれでとても良いことだと思いますし、なんの疑問も持たずに日々を安穏と暮らしている人もそれでいいと思います。

ただ、選択して行動するのであれば人に頼るのではなく自分の声を信じることが一番自分にとって心地よい結果をもたらせてくれる方法だと思います。

いつやるか?

それは自分が本当にやりたいと思ったときでいいんじゃないでしょうか。

最後にクレイアートの動画を紹介します。

ひとつの塊から削っていくことで、最終的に形となるのですが、人間もそぎ落としていくことで形になるんじゃないのかとふと感じたので・・・。





ご期待に応えて変態仮面を観てきました。

誰も期待していないかも知れませんが・・・。

SMの女王とドMの正義感溢れるやり手の刑事との間に生まれた真面目な高校生が、パンティーをかぶることによって人間が本来持っている能力を100%出すことが可能となり、正義の使者として変態仮面が誕生します。

映画館はほぼ満員だろうという僕の予想に反して水曜日のレディースデーであるにもかかわらず1割程度の入りしかありませんでした。

変態に最近関心を持っている僕と世間とのギャップを肌で感じることが出来てとてもよかったと思います。

パンティーをかぶったことによって本当の自分を見つけることとなった変態仮面と性感マッサージというものに出会ったことによって自分のやるべきことが見つかった僕とは、ほとんど同じなんじゃないのかと感じました。

先日のおかんというバンドもそうですが、彼らにとってのパンティーは大阪城ホールのB’zであったのでしょうし、自分のやるべきことが見つかった人にとって転機となる出来事は全て変態仮面のパンティーと同じなのかもしれません。

主人公が変態仮面に変身する為に女装して女性用の下着ショップの試着室で顔にかぶって変身しようとするのですが、新品のパンティーでは潜在能力を引き出すことができないようでした。

形は同じであっても一度使用したものとそうでないものとでは、雲泥の差があるようで、潜在能力を引き出すのはパンティーそのものではなく、それが女性の体に密着していたという事実をイメージすることが必要のようです。

なにを必死で語ってるのか、自分でも訳がわからなくなってきましたが・・・。

まあとにかく映画を是非観てくださいとは言えない内容でしたが、主演の鈴木亮平さんの作品に対する意気込みは彼の完成された肉体から十分に感じることが出来ます。

世界に通用するアイアンマンやスパイダーマンを凌駕するような作品を作ろうと監督と鈴木さんが盛り上がって作り始めたはずのものが、どうしてこうなってしまったんだろうかという日本映画の限界みたいなものを見るのには楽しいと思います。(原作に忠実といえばそのとおりなのですが・・・)

この映画に登場するヒロイン役の清水富美加さんは、アメージング・スパイダーマンのヒロイン役であるエマ・ストーンと勝るとも劣らない可愛さを披露しているので、美少女好きには必見です。

今日はちょっと変わった映画評論みたいになってしまいました。

たまにはいいですよね。


丁度4時間程度時間が取れそうだったので、変態仮面を観にいこうと難波に行ってみたら梅田でしか上映されていないことが判明しました。

行く前に上映している映画館と時間を調べてから行け!って言われそうですが、人生いつもこんな感じで過ごしてます。

ところで、昨日の変態の語源について書き忘れたというか閃いたというか思ったことなんですが、よく露出狂の男性が全裸にコートで前から歩いてくる女性の前でパッとコートの前を広げたりすることがあるようですが、あれって形だけ見るとさなぎから蝶に一瞬で変化したように見えますね。

そこからきてんのかなって思いました。

・・・・・・・ん?

皆さんが静かにひいていくような音が・・・。

気分をあらてめまして、今日のテーマ「浮気の証拠を見つける方法」についてです。

あ、変態仮面は明日観にいきます!

ナポレオン・ヒルの思考は現実化するではないですが、この世の中で人工的に存在しているものは全て人間の思考から現実のものとなって存在しています。僕の考えでは人工的なものに限定されないのですが、それを語り出すと長くなるので今回は人工物や身の回りの環境や健康・事故などに限定したいと思います。

考えるというのは、基本的に今の状況を疑うということから始まっていると思います。

人間は鳥のように空を飛ぶことが出来ないのか。

そう、出来ません。

とハッキリした結論を出してしまっていたら飛行機は無かったはずです。

で、これを今日のテーマである浮気に置き換えてみます。

あなたの旦那は浮気をしないのか。

と聞かれて、

出来る人ではありません。

と、断定すると浮気でもめることはないのですが、

一瞬でも自分自身が疑うと浮気の芽が生えてきます。

自分の旦那は浮気をしないのか?って思うと必ず浮気の証拠となるものが、目の前に現れてきます。

浮気までいかなくてもエッチなDVDやパソコン上でのエッチ動画や風俗店情報など見たくないものを必ず発見することとなります。

それはご主人が作り出したものではなくあなた自身が創造したものなのです。

健康に気を遣わないといけない年齢だということで、とくにどこも悪いこともないのに青汁やローヤルゼリー、うこんなどの健康食品を食べ始める人に限って病気になります。

疑うということは、白黒をハッキリさせるのではなくグレーの状態をキープすることです。

日本人は欧米から結論を出さない人種だと非難されることもありますが、グレーの状態を保つことで色んなことを創造してきたように思います。

現状に満足し、なにも変化を望まない人生を送りたいのであればその日その日を感謝していつも真っ白で幸せ~って笑顔でいればいいと思います。そうすればなにも生み出すことがないために変化することは無いはずです。

ただ、1度しかない人生を平凡に生きていくことに満足出来ない人なら常に疑いを持ちながら過ごすことで、必ずなにかが生まれます。

それは自分にとって都合のいいことだけではないかも知れませんが、子供や孫に話すにはネタに困らない人生になることでしょう。

ご主人の浮気が気になる人であれば一度思いっきり疑ってみるといいと思います。高い報酬を払って探偵を雇わなくても、疑うことでなにかが起きると確信するとおもしろいように証拠が目の前に現れます。

それを楽しんでみてください。

思考が現実化するということを実際に体験するとパートナーの浮気でいらいらすることも無くなってきます。

自分にとってなんの利益にもならないことで悩むよりも自分の人生がドラマ以上におもしろく感じるようになり、悩んでいる時間がもったいなくなります。

いきなりですが、ちょっとテストをしますので、今から書くことを実践してみてください。

今あなたがいる場所の周りを30秒間見渡して、その中で「黄色いもの」を覚えてください。なければ無しでも構いません。

では、スタート!

(30秒後)

それでは「青いもの」を言ってみてください。

たぶん答えられた人は少ないと思います。

人間は知らず知らずのうちに全ての情報から自分に必要な情報だけをキャッチするように出来ています。それは五感で感じるもの以外の見えないエネルギーなどに対しても同じで、常に自分に必要なもの(自分と同じエネルギーを持つもの)に反応しているようです。

これは人に限らず国家間でも同じで、戦争反対!などと叫べば叫ぶほど戦争になります。

ちょっと話が変な方向に行ってしまいましたが、とにかく疑い深い人にはいつもなにかが身の回りに起こります。

どうせ疑うのであればそれが現実になったときに楽しくなるようなことを疑ってみるほうがいいのではないでしょうか。

僕が計画的に物事を進めない理由のひとつに予期せぬ楽しいことが起きたときにそれを思いっきり楽しみたいという気持ちがあるからです。

だから毎日楽しいことが目の前に現れるかもって疑っているのですが、結構それが現実になっています。

是非是非、お試しください。損はないですから・・・。


前回の記事の締めくくりで変態という言葉を使っていましたが、あらためて変態について考えてみました。

変態は4つに分類されるようです。

完全変態
不完全変態
過変態
無変態

完全変態とは幼虫→サナギ→成虫で、不完全変態は幼虫→成虫です。過変態というのは幼虫期に著しく形状が変わることを指すようで、無変態は脱皮のように大きさだけが変化することをいいます。

では、一部の人に対して「ヘンタイ!」と断定するときは4つのうちのどれに当てはまるんでしょうか。

たとえば下着泥棒や覗き魔、痴漢などに対して「ヘンタイ!」と安易にレッテルを貼る風潮がありますが、彼らは本当に変態なのか。

どちらかというと自分の欲望のままに行動しているだけに見えて変態というよりもいたって普通の人に思えてしまいます。

SM愛好家やスワッピングなどに性的興奮を覚える人たちについても同じで好奇心や探究心が旺盛な人の着地点のようなもので、「ヘンタイ!」ということ自体に違和感があります。

ではどうしてそういった人たちを「ヘンタイ!」と呼ぶようになったのか。

ちなみに「変態」をネット辞書で検索してみると以下の結果となりました。(大辞泉より)

1 形や状態を変えること。また、その形や状態。

2 普通の状態と違うこと。異常な、または病的な状態。

3 性的倒錯があって、性行動が普通とは変わっている状態。変態性欲。

4 動物で、幼生から成体になる過程で形態を変えること。おたまじゃくしがカエルに、蛹(さなぎ)がチョウになるなど。

5 植物で、根・茎・葉などが本来の形から変化し、著しく異なる形態をとること。葉がとげとなるなど。

6 同じ化学組成で物理的性質の異なる物質の状態。温度変化などによって生じることが多い。単体の場合には同素体という。転位。

人に対しては2と3が当てはまるのですが、どちらも結局「普通」とは違う状態のことを指しています。

納得する説明をするためには「普通」についてちゃんと理解しなければいけないようです。

「性」あるいは「性欲」「性癖」などのカテゴリで「普通」って存在するのか・・・。

「普通のセックスしか経験したことない」などという言葉を耳にすることがありますが、普通のセックスとはいったいどのようなものなんでしょうか。

キス→胸への愛撫→陰部への愛撫→挿入→フィニッシュ・・・でしょうか?

前回の記事では僕が女性の心に欲情をもよおすということで変態なのかもといいましたが、普通のセックスというものの中にはそもそもそういったものと比較のしようがない別の次元のもののようにも感じられます。

昆虫などにおいての変態を別のいいかたにすると進化していると例えられるのではないかと思います。

4つの変態の最後の無変態では脱皮で大きくなるとありましたが、人間に置き換えてみても成長したときに一皮むけたと言われることがあります。

本当の意味での変態を主張するのであればその分野において誰がみても一皮むけたと思われるぐらいの成長を見せる必要があるのかもしれません。

性の世界、とりわけ性風俗の世界において変態と呼ばれるぐらいの存在になりたいと少し思うようになりました。

全然関係ないかも知れませんが、明日は4月13日から全国で上映されている「変態仮面」を観にいこうと思ってます。

主演の鈴木亮平さんは今年一番の変態俳優になる予感がしますので・・・。







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