サロゲートパートナー

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2013年03月

肺がんで亡くなったというニュースを見た日にDVD付きの本を含めて3冊購入したうちの1冊です。

残り2冊は体整形マッサージという本です。

田中宥久子(ゆくこ)さんは、造頑マッサージで有名なヘアメイクアップアーティストで、会社対会社として契約することが多い映像業界の中で40年以上もフリーランスとして第一線で活躍されてこられたようです。

その最大の理由として彼女のストイックな美への追求心によるものだということが、この本から伺えました。

幼い頃から美容院を経営する祖母の影響なども大きかったようですが、とにかく一切の妥協を許さない姿勢を貫き通すことは見習いたくてもそう簡単に出来ることではないなというのが正直な感想です。

美の法則の中で彼女が一番伝えたかったことは、年を重ねることによって若いときには表現できない美しさを努力次第で誰でも手に入れることができるということです。

彼女は67歳でこの世を去りましたが、70、80になったときのイメージを明確に持っていました。

仕事のほかに、結婚・出産・育児・離婚・更年期・介護という経験をしてきたそうですが、その中でも更年期と介護については、とても苦労されたようです。

更年期では47キロだった体重が75キロまで増加し、ホットフラッシュに悩まされながら激務に耐えていらっしゃったようで、介護では親が日に日に壊れていく姿を目の当たりにして休職しそれに専念されたとのことでした。

その経験から自分が死ぬ時は家族の手をわずらわせることなくポックリ死にたいと思われていたようで、がんの宣告を受けたときはホッとしたと語っています。

「美は執念」と本の帯に書かれていますが、彼女の生き様そのものが執念の塊のような印象です。

方向を見失った時に読み返すことで、とにかく1歩を踏み出すエネルギーを与えてくれる本に出会いました。


全然関係ないですが、今日近くの神社で咲いていた桜です。

エネルギーをたくさんいただきました!

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夢を観ていました。

誰かとどれだけの時間が経過したかを勘で当てるゲームをしている夢でした。

5分間経ったと思ったときに手をあげるような感じです。

何度かやっていくうちに時間の経過をカウントすることを辞めて、自分がそうだと決めた時に手をあげるようにすると1秒の狂いもなくその時間を示すようになっていました。

誰でもあっと言う間に時間が経過した経験があると思いますし、ほとんどの人は年を取るにつれて1年が過ぎるのが早く感じているはずです。

以前このブログでも心臓の鼓動のスピードによって時間の感覚が変わるという話をしました。

今回はそういった生物学的な見地から考えるのではなく、量子物理学やスピリチュアル的な考え方が適当なのかも知れません。

時間を感じとる意識が別の世界または今の世界の中で発見されていない場所に移動しているような気がします。

夢の中の時間当てゲームでは、時間に振り回されるのではなく途中から自分が時間を支配するようになったのです。

ところで時間とはどんなものか考えたことがありますか。

時間を日常的な意味であらわすと以下のようになります。

1.ある時刻と別のある時刻との間。及びその長さ。
2.時刻。つまり時の流れの中のある1点のこと。
3.(哲学寄りの概念)空間と共に、認識のまたは物体界の成立のための最も基本的な形式をなすものであり、いっさいの出来事がそこで生起する枠のように考えられているもの。

※ウィキペディアより

時間の流れについて考えてみると3つに分けられると思います。

ひとつは過去から未来へ流れている。もうひとつは未来から過去へ。最後は時間そのものが存在しないでその瞬間瞬間があるだけという考え方です。

ユダヤ・キリスト教では最初に創造主があり、そこから様々な因果によって現在に至るといった過去から未来へ時間が流れている考え方ですが、東洋のアビダルマという仏教哲学では未来から過去に時間が流れていると説かれています。

時間を認識するためには何かの変化を確認する必要があります。

ウィキペディアから、苫米地英人さんの話をご紹介したいと思います。苫米地さんは時間は未来から過去に流れているという説を支持されています。

この感覚は一度理解できると意外なほどに腑に落ちるという。自分に向かって未来がどんどんとやってきては過去へと消えてゆく感覚。(自分が過去から未来へと向かっているのではなく)未来のほうが自分に向かって流れてくる感覚である。

そして現在起きたことがどんどん過去になり遠ざかってゆくという時間の流れの感覚である。こう考えれば、現在は過去の産物などではなく、未来の産物であり、しかも未来というのは固定されたものではなく、無限の可能性であり、しかもその未来は(過去の因果ではなく)さらに未来の因果によって決まる、ということになる

これを川の流れに喩えるなら、クルーザーに乗って川上に進みつつ、自分は川の一点を見ている、ということである。川は上流(未来)から下流(過去)に向かって流れている。ある時自分が上流から赤いボールが流れてくるのを見る。

その後青いボールが流れてくるのを見る。ユダヤ・キリスト教的時間観で見てしまうと「赤いボールが流れてきたから、青いボールが流れてきた」という解釈になる。だが実際はそうではない、と苫米地は指摘する。

赤いボールが流れてきた結果青いボールが流れてきたわけではない。未来という上流から、未来における何かの因果によって、赤、青の順番で放たれてそれが現在にまで到達したから、赤、青という順番で流れてきた、と苫米地は指摘する。

例えば上の事例で、赤いボールを拾うか拾うまいか迷った揚句拾わなかった。その後青いボールが流れてきたのを見た時に、どう考えるか、ということがある。ユダヤ・キリスト教的な時間観で解釈してしまうとつい「しまった、赤いボールを拾わなかったから、青いボールが流れてきてしまった」と考えることになってしまうが、この場合も、赤いボールを拾わなかった、ということと、その後に青いボールが流れてきた、ということは何の関係もない。

つまり「あの時、赤いボールを拾ってさえいれば…」などとくよくよ悩むことは意味がないのである。過去に縛られる理由などどこにもないと苫米地は指摘する。

ここでもうひとつ付け加えるとしたらボールを流しているのは誰かということです。

それは自分の影響が及ばない他人だと考えるのか自分自身だと考えるのかによってクルーザーに乗っているときの気分が変わります。

成功者といわれている人たちは間違いなく自分自身だと考えています。

話を戻しますが、時間を支配するというのも同じことで、5分後の時計を流せばいいということになります。

時間当てゲームに必要なのは最初と時間を確かめるときの時計だけなので。





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以前読んだ本「未来は、えらべる!」でバシャールと対談していた本田健さんが、自分の子供をサドベリースクールに行かせているということを思い出して少し調べてみました。

本田健さんは、作家や実業家として有名で多くの起業家などに影響を与えている人です。本当の幸せを手に入れるためのお金の稼ぎ方を啓蒙しているプロフェッショナルです。

その彼が自分の娘をサドベリー・スクールに行かせた理由を知りたくて調べました。

サドベリー・スクールとは別名デモクラティックスクールとも呼ばれ、1968年にアメリカのボストンでサドベリー・バレー・スクールが創設され、それ以来その理念に共感して設立された学校を総称してサドベリー・スクールと呼んでいます。

世界で約40校、日本でも5校が創設されているそうです。(2008年現在:ウィキペディア参照)

サドベリー・スクールの特徴は、枠がないということです。

クラスに分けることもないし、時間の制約もなく、決められたカリキュラムもありません。

そこに通う子供たちがスタッフと話し合いながら自らカリキュラムを決めていくことで自然に学びを得る機会を与えます。

もうひとつ特徴的なのは保護者がほとんど方針に対して関与しないということです。善悪については全て子供の意志を尊重し、自らに責任を負わせます。

スクール内での規律なども話し合いの上で決められるために既存の学校のように独裁的な権威によって決められた規則ではないために反抗しようにも反抗する対象がなく、余計なエネルギーを使わなくて済む土壌になっているようです。

既存の学校に対してまったく疑問を持つこともなく育ってきた僕にしてみればサドベリースクールというシステムがどのように機能し、子供達にどういった影響を与えることになるのかは想像できません。

日本、特に関西のサドベリースクールのホームページを拝見しました。



どちらも手作り感のあるアットホームなスペースを提供している印象でした。

卒業生の声(14歳)を見てみるとまだなにもしていないのに凄く大きな自信を持っているなという印象です。本田健さんもこの卒業生も僕にも共通するのはその時にワクワクすることをするということです。

僕の場合は高校3年生の時に進学か就職かを選択しなければいけなくなって芸術大学を目指すことにしたのですが、それは自分がワクワクすることを選択したというよりも世間体や変なプライドのようなもので決めたように思います。

性感マッサージという仕事に出会うまでは、ポジションは違っていてもいつもそういった考えがベースに有ったように思います。

最後に本田健さんが、まだ自分のやりたいことを見つけていなかったときに人生に多大な影響を受けたユダヤ人の老人たちとの生活について書かれたページを紹介したいと思います。





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全ての商品がそうであるとは言えませんが、多くは空間と時間を購入しています。

空間と時間を購入することは、本来の自分(心や魂)に対してプラスのエネルギーを与えてくれるのだと思います。

ディズニーランドのようなテーマパークなどは、そこにいることで幸福感を得ることが出来ますし、ライブや映画などもそうです。

また家や車も見た目や立地・間取りなどが気になりますが、結局はそこでどう過ごすかということが一番大切なはずなのに、多くの人はそのモノに執着してしまいます。

僕は本業で任意売却という仕事を数多く経験してきました。

任意売却とは、住宅ローンに困ったかたが債権者(金融機関)から裁判所に申し立てされ、強制的に家を売却される(競売)前に交渉し、一般の住宅と変わらないように売却することです。

100件以上ものお客さんのお宅で相談に乗っているのですが、半分は離婚されていて残りの半分も家に執着されています。

家族が団結して新しい人生をスタートしようと前向きな人は、ほとんど居ませんでしたが、初めての訪問から数ヶ月、1年とお付き合いさせていただく中で徐々に視点が変わっていきます。

性感マッサージで女性からの相談を受けるのも住宅ローンにお困りの方からの相談を受けるのも同じなのですが、目の前の状況に対してなにを選択し、行動していくのかによって1日の過ごし方、感じ方がまったく違うものとなります。

以前にも紹介した精神科医のグラッサー博士が提唱する選択理論は、そのことについてかなり詳細にまとめられています。

その理論では外的コントロールによって悩みが起きているので、そういったものを無視して自分が理想とする世界(上質世界)にたどりつくには何を選択することが大事なのかを考えることに集中させます。

空間を意識するというのは、理想とする上質世界や肉体とは違う心や魂に焦点をあてるということです。

日本に限らずどこの国でも自分の立場をわきまえてそれにふさわしい行動をしなければならないといった固定観念があります。

そういった固定観念同士の探りあいのようなもので、この世界は成り立っていると言ってもいいと思います。

本当の自分とはいったいなんだろうと考える余裕すら与えられず、目の前で次から次におきる事象に対して対応していくことになります。

本当の自分が悲鳴をあげることで精神的な病気となり、やっと休息を得られて考える余裕を与えられます。

うつ病などになった方や知り合いにいらっしゃるの方がもしこれを読まれているのであれば、病気になったことに対して心からよかったと思うようにしてください。

病気は精神的なものに限らず、内臓疾患であっても同じで無理している自分に対するシグナルだからです。

うつ病になって会社に迷惑がかかるとか家族に心配をかけるとか、世間体が悪いだとかいうのも全て外的コントロールに振り回されていることになります。

人間の心、本来の自分がどこにあるのかを定義することは難しいのですが、既成概念や固定観念などは1部を覗いてまったく役に立たないと思います。

日本でいる以上は法律を守り、義務を果たすということ以外は全て必要ないものだと言っていいと思います。

妻としての役割、母親としての役割、父親・主人としての役割、役職に対するスタンスなど、何らかの役を演じながら日々の生活を送っているのですが、役はあくまでも役でしかないのです。

役を演じることに疲れたのであれば、一度舞台を降りてみてください。

空間を意識するというのはそういうことだと思います。



少し前の経営資源と言えば「ヒト・モノ・カネ」でした。

今はそれに時間と情報が加わっています。

ただこれは一般的な会社経営をする場合に必要なものであって、僕のように個人的に事業を展開していこうと考えているものにとっては、最初の3つ「ヒト・モノ・カネ」は必要ありません。

情報を発信するための一番有効なツールであるインターネットには必要ないからです。

3つの代わりにひとつ必要なものとして「感情」を加えたいと思います。

この場合の「感情」とは、日本を代表するマーケッターの神田昌典さんが提唱している「エモーショナル・マーケティング(感情マーケティング)」のように行動心理をついたマーケティング方法とは別のものです。

共感・共鳴・同調など心や魂と言われるものを振動させ同じ周波数の人と共鳴するといったほうが、分かりやすいかもしれません。

いくらいい情報であってもおいしい料理であっても音楽でもアートでもそれを作り出した人たちの思いが届かない場合にはマーケットの中で表面的に利用されるだけで花火のように一瞬で消えていきます。

人の感情は移ろいやすいものです。

ちょっとした一言で取り返しのつかない状況になることもよくあります。

信頼関係がどれだけ深く構築できているかによって左右されるのでしょう。

モノやサービスを提供するために一番大切なことは、その商品そのものでなく提供する側の理念や姿勢に共感してもらい、顧客にとっての唯一無二の存在になることです。

モノが溢れかえっている状況の中で唯一差別化できるのはそれを提供している人しかありません。

個人でも法人でも「人」です。

人が人と感情でつながっているということが、インターネット全盛の無機質な世界でこそ一番大切な要素となります。

そういった意味で性感マッサージという仕事は、これ以上感情の関わりをもつものはないと言えるかもしれません。それだからこそ一人ひとりと対面したときは、一緒に過ごさせてもらう時間を大切にしたいと思っています。

人間なのでパーフェクトな対応は出来ませんが、真剣に向き合うという姿勢を崩さないことでそこに共鳴してもらえる人とは継続して関わっていけるのかとも思います。

この先、どういった展開になっていくのかは僕自身も想像できませんが、関わった方たちの日々の生活に少しでもプラスになれればいいと思いますし、1対1では限りがあるので違う形ででもエネルギーを提供できる手段が登場してくれたらと思います。

現在、模索中です。

ランキングは今日も上がっています。
本当にありがとうございます。




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